《journal》

毎日一枚の写真と言葉を連ねる、日報のようなもの。毎日更新したり、しなかったり…

日々、上書き上書きしていきます。


7/20 mon.

朝が、夏になった。

勢いよく鳴く蝉の声とゴーヤのカーテンをすり抜けてくる窓辺の光。

同じくらいに目が覚めて、「おはよう」よりも先に「夏だね」と声が出る。

目が覚めてベッドから出るまでの、朝のたった数分間の感覚。この世界で二番目に好きかもしれない時間。

珈琲が香る横でフレンチトーストを焼き、haruka nakamura feat.LUCAの『Helios』を聴く。

パソコンを開くと、今は心の友のような懐かしい恋人が届けてくれるメッセージ。庭のクワイの花と公園で息子と遊ぶ瑞々しい様子が綴られている。

以前教えてもらったヨーロッパの小さな街をGoogleマップで辿って、遠くの思い出に想いを馳せる。

洗濯機が稼働する音は年を重ねるごとに大きくなり、いつものどこにでもあるような日曜日。

「そう言えばこの間、アメリカ国旗がプリントされた服を着せられた柴犬を見たよ」

「今年は和久傳ノ森へ行きたいな

「いつも服のどこかに歯磨き粉飛ばしてるよね」

「うちも虫あみを買わなくちゃね」

今年も庭の百日紅の花は綺麗に色付いて、駅前の喫茶店にはかき氷ののぼり旗が揺れる。

スーパーマーケットの冷房が心地よくなり意味もなく同じ通路を何往復もしたりして、去年と変わらない、今年も来年も、また同じような夏。

レジに並ぶ列はとても長くて、世界はこんなにも多くの人で溢れているのに、わたしたちはかなしいくらいふたりぼっち。

またあなたには会えなかった。

あなたは、どこでなにをしていますか。


6/25 thu.

平成生まれから聞いた、メリット、リスク、ベネフィット…

そんなことなど考えずに、いつも気持ちがどこに向いているかで行動してきたから、だから、わたしは駄目なのか。。。

いつかケンちゃんも言っていた、「どうしてヨシダさんは、0か100しかないんですか。大事なのは、その間です」。

わたしは、大事なこと、かなり見落としてきたのかも。

最近、UAとかビームスで見かけるTシャツがかっこよくて、ずっと観る機会のなかった映画『フォレスト・ガンプ/一期一会』を観てみた。

トム・ハンクスの演技はチャーミングだったけれど、この映画がなぜ名作と言われているのかはいまいちわからなくて、「なげーな」とか言いながらキャラメルコーンをかじってばかりいた。だけど、お母さんが言っていた「神がお前に与えたもので、ベストを尽くすのよ」という言葉。そうかー、と思う。与えられなかったものじゃなくて、与えられたものを、きちんと見つめていかなくてはいけない。そんなことは、なかなか難しいけれど。

ナイモノネダリ…


5/20 wed.

昨夜、夫と遠藤周作の『沈黙』について話をしました。

教会シリーズを発表したときに、何人かに「読んでみたら」と言われた、遠藤周作の『沈黙』。言わずと知れた名作だということは知っていたけれど、わたしはこれまでに読んだことがなくて、今年に入ってからやっと読みました。それが、驚くべき体験だった。

夫にもこの言葉の体験をしてもらいたくて、すぐに読み終わった本を渡しました。

そこで、わたしがこの小説で最も印象的だったシーンを打ち明けると、夫と同じ言葉が出ました。「そこに神が見えたのかもしれない」と。

アイスランドの教会を巡っても、新しいシリーズのために歴史を学んでも、わたしには「神」がなんなのかわからないけれど、わからない中にはいつも「問い」があります。わたしはこの「問い」を、次のシリーズでは深く掘り下げていきたい。

うまれたときから、わたし達は優劣の中にいて、強い者が弱い者を切り捨てていく。歴史は、ずっとそんなことを繰り返してきた。『沈黙』の中でも、皆殺しのように人が殺されていきます。けれど、物語りの中で、ずっと「弱き者」として描かれているひとりの男の姿が、本当に印象的なのです。

全国の緊急事態宣言が徐々に解除されて、わたしが活動している関西圏も明日には解除の発表がありそうです。

解除されたからといって、コロナがなくなるわけではないし、世界は元通りにはならない。けれど、それはずっと変わらない。

だから、これからを考えていきたいです。

六月に入ったら止まっていた撮影も再開して、また制作に力を入れていこうと思います。


2020