《journal》

毎日一枚の写真と言葉を連ねる、日報のようなもの。毎日更新したり、しなかったり…

日々、上書き上書きしていきます。


4/2 thu.

今日もトーストが焦げる。昨日よりも、焦げている。

書きものの合間に、懐かしいような写真を開いて遠くまでのお出かけ。

乾いた大地に、いくつも落ちる雲の影。足下には紫色の花が咲いて、岩肌に土埃が舞う。

大丈夫。

この心と目と、この体力で。

生きているかぎり、大丈夫。

折坂悠太、新曲の『トーチ』もよいなぁ。

空は、だんだんと晴れ。

わたしは愛の伝え方を知らない。


4/1 wed.

お祝いに頂いた蘭が三年ぶりに花を付けて、台所の窓辺で朝の光を受けて綺麗だった。

慌ててカメラを取り出して写真を撮っていたら、トーストが焦げたけれど、全然気にせずに食べる。

エイプリルフールの朝に洒落た嘘が見つからず、午前の間中、考える。けれど、「4/1が結婚記念日だから、この結婚そのものが嘘だと思いたかった」という嫌いだった話を思い出しただけで、どっとかなしくなった。

そうこうしていると、友人がジム・ジャームッシュ監督の新作で、またアダム・ドライバーが主演を飾っていることを教えてくれる。

続けて、「アダム・ドライバーって、なんか長いよね」と言う。

「長い?」

「うん、なんかこう…全体的に」

予告編を見ながら「そんなに長いかなぁ…」と、洒落た嘘をつくことはすっかりと忘れ、長い人について考える。そうか、わたし、長い人がタイプなのかも。

雨が、よく降っている。


3/31 tue.

うちの近所は、ほとんどが満開。

ベビーカーを揺らしながら、スマートフォンで写真を撮る若いお母さん。ショッピングカートに手をついて、曲がった腰を大きく反らせるおばあちゃん。肩車をされた子供の小さな手のひらが、ぼんぼりみたいな淡いピンク色の花にそっと触れる。みんなの中に、それぞれの春。

イヤホンからはSigur Rósの『Ekki múkk』が流れて、思いがけず世界の美しさに涙が滲んだ。

六年前の三月、わたしはアイスランドにいた。はじめてのホワイトアウトに命を落としそうになって、白しか見えない世界に言葉をなくし、透き通るような氷河の青色には大切な人たちを想って、魔法みたいなオーロラの空に開いた口がふさがらず、わたしにとっては神様みたいなヨンシーの手をこの両手でにぎった。人生であんな体験はもうないかもしれない…と思ってしまうくらい、奇跡みたいな旅だった。

見えないものに重たくなってしまった空気を、また全部換気できたらいい。

世界が戻っても前とは同じにならないけれど、贅沢はできなくても豊かな食卓があって、眠る前に布団の中でされたオナラが臭すぎて大笑いする…これからもそんなふうに生きていけたらいい。

三月、終わり。


2020