おにぎりの夢、2022年8月。

 

なにか、ものすごく幸せな…大好きな人の、なにか、とてつもなくいい話で…羽が生えたみたいに自分の体が軽くなって、世界が幸せという名の光と色で満ちに満ちている…

そんな夢を見て目覚めた朝。だけど、目覚めたときには、もうその夢は遠退いて、思い出すことができない。一瞬にしてかなしみが襲う、あのいらん絶望。

 

今読んでいる武田砂鉄さんのエッセイ(『べつに怒ってない』筑摩書房)に、人の夢の話と旅行の話はさほど面白くないといったようなことが書かれてあるのだけれど、「えっ、そうなの?」と思ってしまった(他の話には、わりと「ふんふん」頷いてしまうのに)。

わたしは、昔付き合っていた男の子が「おはよう」よりも先に「あんな、オレ、今な…」と目覚めた瞬間いきなり夢の話をし始めるのを、よくケタケタ笑いながら聞いたものだった。だいたいがなにかと戦って勝利する夢とかで、なんでいつもそんなに戦ってんねん…と心配にもなっていたけれど。けど、そんな朝の時間が好きだった。

憧れていた人に、やっと出会うことのできた日。わたしは、その人に「これまで世界で見て来た中で、綺麗だった風景はなんでしたか?」といったような質問をしたことがある。彼は、すぐにオーストラリアでトロッコに乗った話をしてくれて、その詳細はもううろ覚えだったりするのに、その話を聞いたときのみずみずしい美しさは今も自分の胸の中できらめき続けている。

そう、わたしは旅の話を聞くのも大好き。

 

けど、そうか。ここも、これも、さほど面白くない。というよりも、わたしは面白さのセンスなど持っていない。それでもいい。

遠くも近くも、案外、綺麗で、わたしたちは歳を重ねても夢を見る。旅へ出て、誰かに、その話を伝えたくなる。

わたしたちはわたしたちのやり方で。ピントは、いつもあなたに合わせて。

久しぶりに。

 

まだ少し先だけれど、秋の個展の準備を始めています。

個展といっても、過去作での展示。それでも、なにかこれまでとは違ったことがしたいな…とか、どうしようかな…とか。

大阪での個展は、2007年(!)以来です。

 

ここ数日、今回の展示の準備のために、久しぶりに昔の自分の文章を読み返していました。

アイスランドでの撮影記録を綴った手帳の脇には、現地で見た小さな草花の愛らしさについて書き記しています。また、強風に舞い上がる綿毛が、どれほど美しかったのかということも。

 

ショッキングな出来事が起こって。これまで、その「人」についてはあまり考えたこともなかったのに、「最後になに食べたのかな。それを美味しいなと思ったかな…。奥さんとの最後の会話はどんなんだったのかな…」とかを考えてしまった。

わたしの小さな小さな世界は、変わらずときどきビックリするくらい美しくて、自分のしょぼいごはんでも大好きな人と一緒に食べると「美味しいなぁ…」とか思えるのに、いつもこの世界のどこかではかなしい出来事が起こっている。

 

わたしは、歳を重ねる毎に、どんどんと弱虫になってきているように思うけれど、それでも、弱虫上等。持ち前の出っ張った腹も、なんか鏡見ていちいちビックリしてしまう首回りの老化とかも、まあ上等。

毎日ごはんを美味しく食べて、ちゃんと歯を磨いて眠る。

 

最近、改めて思うのだけれど、おにぎりとコーヒーは誰かが作ってくれたものが美味しいです。

おにぎりの夢、2022年7月。

いつまで続くか、わからんけど。